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長崎地方裁判所 昭和39年(ワ)203号 判決

原告 山本有望

右訴訟代理人弁護士 中村達

被告 共立製鋼株式会社

右代表者代表取締役 溝口助作

右訴訟代理人弁護士 木村憲正

主文

本件訴訟は、昭和三九年七月一八日、被告会社の消滅(同日長崎市元船町五丁目一二番地長崎製鋼株式会社に併合し解散、同年八月三日登記)によって終了した。

右訴訟終了後の訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、「被告が昭和三八年一二月八日なした新株の発行は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因ならびに被告の答弁に対する主張として、つぎのとおり述べた。

(一)  被告は長崎市旭町三丁目五番地に本店を置き、製紙原料の購入販売、各種ロープの製造販売等の業務を営むことを目的として発行する株式一、六〇〇株、資本金八〇万円を以って、昭和二五年三月八日設立された会社である。

(二)  原告は、被告の発行する株式八〇株を所有する株主である。

(三)  ところで、被告は、昭和三八年一二月八日付をもって、新株式二、四〇〇株を発行し、その割当および払込を完了している。

(四)  しかし、右被告の新株発行は、つぎのような理由により無効である。

(1)  被告は、右新株発行に際し、当時の株主中、原告および大隈十郎(持株一八〇株)、城台藤蔵(持株五〇〇株)に対し、新株発行の通知および割当をせず、株主以外の第三者に割当引受させているが、これは、被告会社の定款第二八条「会社の株主は新株引受権を有する。」の規定および商法第二八〇条の四の規定による株主の新株引受権を無視したものであるから、右新株の発行は定款ならびに右商法の規定に違反し、無効である。

(2)  また、新株の発行に際し、株主以外の者に新株の引受権を与える場合には、定款に定めあることを要し、またこの定のある場合においても、商法第二八〇条の二、第二項所定の手続をとらなければならないのに、同条所定の手続が全くなされず、株主以外の第三者に新株の引受権を与えたことは、右商法の規定に違反し無効である。

(五)  被告の本案前の答弁中、被告が昭和三九年七月一八日、訴外長崎製鋼株式会社に吸収合併されて解散し、同年八月三日その旨登記を了したことは認める。しかし、会社合併の結果消滅した会社の権利義務は、包括的に存続会社に移転するから、消滅会社の新株発行の無効の瑕疵は存続会社が引継ぐことになる。

消滅会社の株主に割当られた存続会社の株式は、消滅した会社の旧株式と別個の株式と考えることはできない。会社の吸収合併による一方の会社の消滅は、合併の当然の結果にすぎないので、消滅と合併との間には時間的観念を容れる余地は全くなく、消滅会社の旧株主権の消滅とこれに伴う存続会社の新株主権の発生も右と同様合併による当然の効果にすぎない。したがって、右新旧株主権は同一であり、被告主張のように商法第二八〇条の一七、第二八〇の一八の手続が不能ということはない。もし、これが不能であるとすると、どのような瑕疵ある新株の発行も、合併後は無効の主張ができないことになり不合理である。

二、被告訴訟代理人は

(一)  本案前の申立として、「本件訴を却下する。」との判決を求め、その理由としてつぎのとおり述べた。

(1)  被告は、昭和三九年七月一八日訴外長崎製鋼株式会社(その後同会社は商号を共立製鋼株式会社と変更した)に吸収合併されて解散し、消滅(同年八月三日登記完了)したものである。ところで、一般に吸収合併の場合、合併契約の内容に従い消滅会社の株主に存続会社の株式を割当て、一方消滅会社株式は消滅するが、消滅会社の右株式とそれに割当てられた存続会社の株式とは全く別個の株式であって、その間には何ら同一性は存在しない。したがって、本件において消滅会社の新株発行無効の裁判が確定しても、商法第二八〇条の一七、第二八〇条一八の手続により無効とすべき株式も株主も存在しない結果、同条による手続は全く不可能となり、もはや、無効を確定すべき利益は存在しないことになる。以上合併により消滅した会社に対する新株発行無効の訴は、不適法な訴として却下さるべきである。

(2)  又合併により消滅した会社に対する新株発行無効の訴は、その新株式限りに止まるもので、合併により存続する会社に承継されるべき消滅会社の権利義務の中に含まれないから、存続会社において消滅会社の新株発行の瑕疵まで承継するものではない。したがって、訴の相手方たる新株発行会社は消滅してしまっているので、結局、原告の本訴は不適法に帰する。

(二)  本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

(1)  原告主張の請求原因(一)の事実のうち、被告の発行する株式数一、六〇〇株とい点を除き、他は全部認める。被告は、昭和二五年三月八日、当初発行する株式の数一万六、〇〇〇株、一株の金額五〇円、資本金八〇万円として設立されたものであるが、昭和二八年八月三〇日額面株式の一株の金額を五〇〇円、発行済株式の総数一、六〇〇株と変更したものである。

(2)  同(二)、(三)の事実は認める。

(3)  同(四)のうち、被告が新株発行に際し、株主である原告および株主大隈十郎、同城合藤蔵(但し持株数は二〇〇株である)らの新株引受権を無視し、かつ、株主以外の第三者に新株を割当てその引受けをさせたことは認める。しかし右新株の発行が無効であるとの主張は争う。すなわち、(イ)株主の新株引受権を無視した新株発行であっても、新株発行の無効原因とはならない。仮に、株主の新株引受権の全部または大部分が無視された場合に限り無効原因となると解する余地があるとしても、本件においては、前記のように、発行済株式の総数一、六〇〇株のうち、原告ほか二名の持株合計四六〇株の新株引受権が無視されたにすぎないので、全体としての新株発行が無効となることはない。(ロ)商法第二八〇条の二第二項違反も新株発行の無効の原因とはならない。

三、証拠≪省略≫

理由

原告の本訴請求は、被告が昭和三八年一二月八日なした新株二、四〇〇株の発行は、定款および商法の規定に違反し無効のものであるから、右新株発行無効の判決を求めるというのであるが、本件訴訟の係属中の昭和三九年七月一八日、被告は訴外長崎製鋼株式会社(その後同会社は商号を共立製鋼株式会社と変更)に吸収合併されて解散し、同年八月三日その旨の登記がなされたことは当事者間に争いがない。そうすれば被告会社は右合併により消滅したといわなければならない。

そこで、右のように新株発行無効の訴の訴訟係属中、被告会社が合併によって消滅した場合の当該訴訟の運命につき考えるに、新株発行無効の訴は、新株発行という方法によってなされた、会社の人的および物的基礎の拡大という、会社の組織法上の行為の無効性を主張して、違法に拡大された右会社の人的・物的基礎を、拡大前の正常な姿に戻すことを目的とする形成の訴であって、会社の設立無効や株主総会の決議無効・取消の訴等と同じく、会社の組織法上の訴である。ところで、その訴の被告適格は、右訴の性質上、一身専属的なものであって、当該会社に専属するものと解するのが相当であるから、当該会社が合併によって消滅した場合でも、一般取引上の権利義務関係のように、新会社に包括的に承継される性質のものではない。したがって、本件新株発行無効の訴の訴訟係属中、前記のように被告会社が吸収合併されて消滅しても、当該訴訟は存続すべき会社に承継されず、被告会社の組織としての消滅と共に、当該訴訟は承継の余地なく、当然に終了するものと解する。

よって、本件訴訟は、被告会社が、昭和三九年七月一八日、訴外長崎製鋼株式会社に吸収合併されて解散し、消滅に帰すると共に、終了したことになるので、右終了した旨の終局判決をすることとし、右訴訟終了後の訴訟費用につき、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原政俊)

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